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南方澳は太平洋に面した天然の良港です。ほどんどの住民が漁業で生計を立てています。海沿いは気候が厳しく、海難事故で命が失われることも少なくありません。たいへん厳しい環境のもとで、人々は暮らしを営んでいました。そうした環境のなかで住民達は豊かな生活と漁の無事を祈って、自分の家で媽祖を祀り始めました。

1946年3月23日、この日は漁のとき急に嵐がきました。波が荒れて危険な状態になりました。この時みんなは助けてくださいと媽祖に祈りました。その時突然、海の上に光が輝いて荒れていた海が静かになりました。漁にでていた住民達は、媽祖のおかげで命が救われたと感謝しました。このことは住民達の間で語り継がれました。そして信仰が始まり、信仰の中心として媽祖廟を建てることになりました。

1950年の旧暦の12月、住民の簡阿祥さんが中心となって、媽祖廟を造るための委員会ができました。当初は北港朝天宮媽祖廟の神霊を迎えるつもりでしたが、媽祖が住民達の前に現れて、裏山の樟の木で私の像を作るようにと言いました。そうして南天宮媽祖神が生まれました。その後2年が経ち、1952年の旧暦の3月に、メインホールが完成しました。そしてその4年後の1956年11月18日に、全ての廟が出来上がりました。完成した媽祖廟は、美しく光り輝いていて、南方澳の住民達の信仰の中心となっています。

  • 当宮は民国39年(1950年)から建設が始まりました。
  • 民国41年(1952年)にメインホール(大殿)が建ちました。
  • 民国45年(1956年)の11月18日に全廟が完成しました。
  • 民国60年(1971年)に、建拜亭と門樓が増設されました。
  • 民国76年(1987年)に、湄洲媽祖を5つ迎えました。
  • 民国84年(1995年)に、金媽祖を迎えました。
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